完全個別NiCO 

福岡市南区大橋にある個別指導塾のブログ。完全個別NiCOでは、生徒も先生も、毎日楽しく頑張っています!こどもたちとの授業の話や勉強の話など、NiCO自慢の個性豊かな先生たちで盛り上げていきたいと思います!
〜続・情熱のイロとカタチ〜
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    本当に感謝である
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      SORAで働いていると、本当にいろんな事を考えることができるし、いろんな事を学べすぎる

      お金を払ってでも学びたいことが学べる

      今日も学びがあった


      僕が一見どうってことはないミスをしてしまい、kamiesu先生にその指摘を受けた

      一見はどうってことはない事だけど、ちゃんとわかりやすく間違いを教えてくれた


      僕は誰かに指摘を受けたり、褒められたり、時には叱られたりするときには、必ず相手の哲学の根底にあるものを考えるようにしている

      フレームワーク(考え方の枠組み)みたいなものかもしれない

      そうすると、次からどういう風に考えて、どう動けばいいのかが見えてくる


      具体的には書かないけど、今日もkamiesu先生のそれを学んだ

      そうやって、周りの人の哲学や考えの本質をちゃんと見て、考えて、吸収していこう

      そして、自分の軸をもっと太くしていこう


      それにしても、学べている上にお金をもらえるってすごいよな〜
      | 完全個別NiCO | - | 02:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
      不安で仕方ない
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        たしかに、僕も何年か前は受験生だった

        しかしながら、そのときの不安な気持ちは、完全には再生できない



        試験受けるって大事だなって思った

        昨日のブログ書いててふと思ったんだけど

        その勉強は定期試験でもいいし、英語の資格試験でもいいし、センター試験でもいいし、なんでも

        戦っている生徒の気持ちがリアルに分かる



        不安で仕方が無い

        やったことない問題が出たらどうしよう・・・とか

        実は自分が今まで習ってきた英語は全部「ニセモノ」で本当の英語は全然違う言語だったらどうしよう・・・とか(当時の僕はそんな不安を持っていた。)

        残念ながら、完璧になることはない




        みんな、不安だと思う

        恐ろしく不安だと思う

        でも、毎日、坦々と着実に、自分の穴を埋めていくしかないよ


        僕たちがやってきたことは、真っ直ぐで、太く、そんなに簡単には折れない

        多分、最後まで不安は残ると思うけど、そんな不安なんかに負けるなよ




        | 完全個別NiCO | - | 02:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
        やるぜ
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          中学生になったら、小学校の算数なんてお遊びみたいに感じ、高校生になったら、中学生の数学がヌルく感じた

          大学生になったら、今度は高校の日本史や地理や世界史がユルくユルく感じた


          「なんで、あのときは難しく感じたんだろ」


          そう思えるのは、きっとその時々でちゃんと勉強をがんばっているからなんだろな


          僕は自分の試験を大切にしている

          単位をとるためだけにはやらない

          だって、自分を賢くしてくれるチャンスなんだもの

          ここで、いろんな勉強をして、いろんな勉強法を編み出す

          生徒に使える形にして提供できるし、僕も賢くなるし


          良い事尽くめだ〜〜


          さ、もうちょっとがんばるぞい
          | 完全個別NiCO | - | 02:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
          今、猛烈に勉強を頑張っている君へ向けて
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            昨日の記事に関連した話をしたい


            気合を入れて頑張るときの僕なりの方法

            「やればできると言うけれど、お前はやってもできない人間じゃないのか?」

            この言葉を自分に浴びせる

            すると、怖くなるのだ

            目の前のことが達成できないとかそういうレベルの話ではなく、「もし今回のことが出来なかったら、自分はこれから一生何をやるにしても不可能なのではないか」と恐ろしくなるのである



            僕の高校時代の英語オタクのO先生は漫談(僕たちは小噺と呼んでいた)がおもしろかった

            先生は大爆笑を誘うような話し方ではなく、こちらが「ふッ」とほくそ笑むような話し方をされていた

            もちろん英語の雑学もおもしろかったのだけれど、大体眠っていて覚えていない

            しかし、O先生が小噺をはじめると僕を始めとする不真面目な生徒たちはムクッと起きて、その小噺に耳を傾ける

            その小噺のオチのところまで来ると、みんなはニヤッと笑って、また眠りにつく


            僕たちが受験生になった春に先生はまたいつもと同じように小噺を始めた

            そして、いつもと同じように僕たちは耳を傾けた

            しかし、その日は様子が違っていた

            「最近はやればできる子じゃなくて、『やってもできない子』が多いらしい。フフッ。」(先生は話の終わりにいつもほくそ笑む)

            僕らの中の何人がその言葉を本気にしたかは定かではないが、少なくとも僕は本気にした



            その時のことが忘れられない



            僕は頑張るとき、いつも「俺はやってもできない子ではない、それを今から証明してやる」と自ら奮い立たせる





            みんながみんな、こういう方法を採る必要は全くないと思う

            だけど、みんなもそういう自分なりの頑張り方を敢えて、受験を目前に控えた今考えてみてはどう?

            今、皆は頑張りのピークに来ているはずだ

            だから、そういう自分なりの頑張り方が比較的見えやすいんじゃないかな



            三年後に迫った大学受験も「真面目な頑張り屋さん選手権」であるし、六年後に迫った就職活動や資格試験も「楽しいことを我慢して、頑張れますか選手権」である

            お風呂に入る時間にぼんやりでもいいから、考えてみよう



            「私は(僕は)、なぜこんなにも頑張れるのか?」


            | 完全個別NiCO | - | 02:07 | comments(2) | trackbacks(0) |
            なぜがんばれるのか
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              自分が何をするにしても、「なぜ」を考えなければならない

              あくまで、僕の仮説だけど、「なぜ」を考えない人はマイナス思考の人が多いのではないか??


              「自分は○○において苦しい体験したけど、耐えてがんばりました」

              「自分は○○において成功(失敗)しました」


              なぜ、その時、がんばれたのか?

              なぜ、成功(失敗)したのか?



              今まで「なぜ」をあまり考えた事がない人は辛い

              たとえ、どんな成功を収めている人でも、「なぜ成功したのか」を知らないから、もう一度同じ成功は生めない(天才を除いて)

              同じ成功を生めないから、今まで築き上げてきた物を必死で守ろうとし、マイナス思考になるのではないだろうか



              僕は自分がなぜ成績が良かったかを説明できるし、なぜ頑張る事を継続できるかも説明できる

              だけど、まだ勉強の世界だけでの話だ

              自分が頑張れば、なんとかなる世界の話だ

              僕は次、ビジネスの世界で成功する(予定)

              たまたま成功するのではなくて、確信を持って、成功する

              成功を科学したい

              なんとしても、やってみたい


              | 完全個別NiCO | - | 02:35 | comments(0) | trackbacks(0) |

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